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長生きの意味を知らない平和な日本人:”5M”で考えるこれからの高齢者医療

平均寿命が高い日本人。

このフレーズに誇りを持っている方もいるのではないでしょうか?

しかし、今の日本の実際は平均寿命の残り10年を健康でない状態で生きています。

これは、統計的なデータであるため、全ての人が残り10年を健康な状態で生きていない、というわけではありません。そういう人が平均的に多いということです。

平均寿命とは、0歳時点で何歳まで生きていられるかということを統計的に予測した平均余命のことです。

難しいですが、例えば、現代に生まれたばかりの赤ちゃんが事故などの予期し得ない事象を除いた時に何歳まで生きていられるかというものです。当然、戦時中は平均寿命は低くなります。

医療の進歩や生活環境が良くなっていく中で日本の平均寿命はどんどん上がってきました。

明治32~36年:男性44歳 女性45歳
昭和25年:男性58歳 女性62歳
平成12年:男性77歳 女性85歳
平成28年:男性80歳 女性87歳

明治時代の日本の平均寿命は40代前半でした。男女ともに50歳を超えたのは1947年ごろです。

さらに、75歳を超えたのは1986年です。短期間で飛躍的に伸びています。

健康な状態で過ごせる期間のことを健康寿命と言いますが、平成28年の厚生労働省のデータによると、平均寿命に比べて男性は約9年女性は約12年も短いことが分かりました。

このことは支援や介護を要する期間が平均で9~12年もあるということです。

2021年5月7日、75歳以上の医療費窓口負担が1割から2割に引き上げられました。団塊の世代が2022年から75歳以上になり始め、膨張する医療費を補う目的のようです。

自己負担が1割から2割に引き上げられるということは、これまで1回の通院で2000円払っていた人は4000円に、20000円払っていた人は40000円になるということです。

当事者にとってはかなりの苦痛だと思います。しかし、増加する医療費を考えれば致し方ないことだとも思えます。

日本は今、少子高齢化の真っただ中にいます。人口もどんどん減っています。

総務省の統計によると、2021年4月1日現在:

総人口:1億2541万人(52万人減少)

15歳未満:1500万9千人(18万4千人減少)

15~64歳:7445万3千人(60万6千人減少)

65歳以上:3620万7千人(29万7千人増加)

総人口の推移

統計局ホームページ/人口推計(令和2年(2020年)11月平成27年国勢調査を基準とする推計値,令和3年(2021年)4月概算値) (2021年4月20日公表) (stat.go.jp)

世界の歴史から学べることは、人口減少が続く国はことごとく衰退しくということです。

残念なことですが現実をしっかりと受け止めて解決策を考える必要がありそうです。

解決策の一つは、健康な高齢者であり続けることです。お金があっても、名声があっても、健康でなければ意味がありません。

健康とは、心身ともに健やかな状態にあることと定義されています。(健康 – Wikipedia

つまり、世界保健機関憲章にある「身体的精神的社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない。」ということです。

この複雑な健康という概念をもとに、治療していこうというのが”5M”です。

この「5つのM」、MobilityMindMulticomplexityMedicationsMatters Most to Meの5つからなります。

参考文献はTinetti M, Huang A, Molnar F. The Geriatrics 5M’s: A New Way of Communicating What We Do. J. Am. Geriatr. Soc. 2017; 65: 2115.です。

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Multicomplexity(予防:多様な病気)

私たちの健康状態は、直面するさまざまな条件や心配事のため、時間とともに変化します。

特に70代半ば以降になると、多くの人がさまざまな病気健康状態障害を組み合わせて発症する可能性があります。

年齢を重ねるごとに、私たちが必要とする健康状態はより複雑になります。しかし、未然に防ぐことが出来る病気もたくさんあります。

第一番目は予防です。

医者や医療スタッフと一緒に予防できることが何かを考えます。

必要なスタッフ

・内科医
・整形外科医
・理学療法士
・看護師

Mind(こころ:認知と精神)

認知症やうつ病は高齢者でよく問題となる病気です。

いくら体が元気でも、しっかりとした考えができる判断力やいきがいを見つけるための活力がないと、間接的に体の調子が悪くなります。

こころの問題は非常に複雑で高い専門性が必要とされます。

必要なスタッフ

・精神科医
・臨床心理士
・ソーシャルワーカー

Mobility(からだ:身体機能)

若いうちは何の支えもなしに自由に動き回ることが出来た人でも、年齢とともにその能力は失われます。

最近の中高年のスポーツ参加(ジョギング、自転車、スポーツジム、テニス、ゴルフなど)は増加傾向にあります。とてもいいことだと思います。

しかし、問題なのは、加齢によって筋力が衰えるだけでなく衰えた筋力やバランス能力が原因で大腿骨骨折などの致命的な怪我を起こしてしまうことです。

予防の分野にも重なることですが、筋力を鍛えストレッチを行うことでスポーツ参加のハードルも下がり、さらにはパフォーマンスを上げることも出来ます。

必要なスタッフ

・整形外科医
・理学療法士

Medicine(くすり:ポリファーマシー)

高齢になると、多くの人がたくさんの薬を飲むようになります。

1日に服用する薬の数が非常に多い状態を「ポリファーマシー」と呼びます。

高血圧や心臓病のような薬によって治療できる病気の場合、どうしても長い期間、数種類の薬を内服する必要があります。

しかし、必要のない薬、中には飲み合わせなどの影響で飲まないほうがいい薬さえあるのです。日本の医療制度はとても優れており、低価格で高度な医療が受けれます。さらに、薬代も1種類増えたからと言って、そんな大金払えないとはならないでしょう。

医療保険でカバーできるので余分な薬を処方する医師、たくさんもらいたい患者が出来上がります。

世界における日本の人口は2%程度であるのに対し、世界における日本の薬剤費の占める割合はなんと10%にもなるのだそうです。IMS Institute Global Use of Medicines: Outlook Through 2016 (wiley.com)

薬の観点から現在の問題を明確にし、対処法を考えます。

必要なスタッフ

・薬剤師
・看護師

What matters most(生きがい:一番大切なこと)

病院に来る患者さんには必ず聞くようにしています。

「あなたは治療をうけて良くなったら、何がしたいですか?」

この質問に答えることが出来るのは2割程度でしょうか。ほとんどの患者さんは、今の体の不調を改善することに全力投球しようとします。

もちろん、大切なことです。しかし、長年かけて作り上げられた病気や体の不具合を半年やそこらで正常に戻すことはできないのです。

そのため、生きがいが必要になるのです。

自分の一番大切なことを楽しく行うことを目的にする人は、医者が色々と小言を言わなくても、勝手によくなります。

人はそれぞれ自分の健康上のゴールや好みがあるはずです。人によっては、寝たきりになってでもとにかく長生きをすることが大切と考える一方で、人に依存しない生き方こそが大切だと考える人もいます。

このように、個人個人の生きがいを尊重し、または探求し、足踏みするのではなく、前進することを考えます。

必要なスタッフ

・精神科医
・臨床心理士
・ソーシャルワーカー

まとめ

「5つのM」についてまとめました。

私は整形外科医であり、今現在も修行の身です。自分のフィールドだけで患者さんを幸せにすることが出来ることがありますが、そうでないことの方が多い気がします。

「患者さんの話をよく聞いて、満足な医療を提供する」この言葉は最高ですが、なんとも医者の独りよがりにも思います。

この5つのMを見た時は目からうろこでした。日本ではこのようなチーム医療を積極的に行っている施設は中々ないのではないでしょうか?

この5Mがもっと浸透すれば日本の医療を変えてくれる気がします。微力ながら、私も頑張っていこうと思います。