スポーツ障害・外傷

前十字靭帯断裂後のスポーツ復帰(KSSTA)

前十字靭帯損傷(断裂)とその後の治療については、約50年の間に何千もの論文が世に出ています。

そんな中、前十字靭帯の治療で根強く残っている論争の中にスポーツ復帰のプロセスがあります。

質の高いリハビリテーションは手術をする場合しない場合も重要な要素になってきます。

問題はこのリハビリテーションプログラムには標準化がかけていることなんです。

基本的にスポーツ復帰を行うときには客観的な評価を行う必要がありますが、この評価に用いられる基準には大きなばらつきがあります。

時間軸を評価の基準として使用されることが良くありますが、個々の患者の回復移植腱の生物学的治癒にばらつきがあることを考えると、適切なスポーツ復帰のタイミングは不確かとなります。

さらに、問題なのは前十字靭帯治療後のスポーツ復帰の定義と、スポーツ復帰して何をもって成功したのかという定義があいまいなのです。

2016年、第1回世界スポーツ理学療法会議が行われ、全てのスポーツに対する一般的なスポーツ復帰を定義されました。しかし、前十字靭帯損傷には適応されませんでした。

ここで提唱されたスポーツ復帰の定義には、

  • Return to participation(とりあえず参加してみる)
  • Return to sport(本格的にスポーツ復帰をする)
  • Return to performance(スポーツ復帰した後に怪我する前のパフォーマンスを取り戻す)

これらの連続した用語は、患者さんが怪我から復帰する過程でスポーツ復帰の成功へのプロセスを表すものです。

2016年の時点でなぜ採用されなかったのはわかりませんが、このモデルは前十字靭帯損傷後のスポーツ復帰の複雑なプロセスに非常に適しています。なぜなら、患者さんがリハビリプロセスを経て活動を再開し、最終的に損傷前のレベルのパフォーマンスに戻る際に、複数のチェック項目があるからです。

2020年にKnee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopyから発表された論文をもとに、最も新しいスポーツ復帰の定義について考えていきたいと思います。

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スポーツ復帰の定義

スポーツ復帰とは

怪我をする前と比べて
・同じ種類のスポーツに復帰できる
・同じ頻度で活動できる
・同じ強度で活動できる
・プレーの質が同等である

スポーツ復帰は前十字靭帯損傷に対する手術または保存療法における大切な目標の一つです。

解剖学的再建術は、切り返しやピボットを行うスポーツへの復帰を希望する患者、身体的に過酷な職業に就いている患者、不安定性が持続する患者におけるACL損傷の最も標準的な治療です。

一方で、少数ですが、手術は行わず保存療法のみで安定した膝を再獲得しスポーツに復帰することが出来たという報告もあります。(世界でもっとも活発に保存療法に取り組んでいる施設はアメリカのデラウェアにあります)

スポーツ復帰の成功とは?

さらに、スポーツ復帰の成功の定義も曖昧なままです。

スポーツ復帰を成功させるためには、競技再受傷のリスクが異なるため、複数の要因を考慮する必要があります。

患者さんの中には、スポーツのレベルによっては、望ましいパフォーマンスレベルに到達するために、より多くの頻度と強度、さらにはより多くのトレーニングを必要とする人もいます。

また、同じレベルのスポーツに復帰することが目標ではなく、怪我する前より低いレベルでの復帰を目指す患者さんもいます。

したがって、スポーツ復帰が成功するかどうかは、患者さんによって異なります

さらに、ピボット動作を伴うか/伴わないか、接触するか/接触しないか、といったスポーツの側面によっても、再受傷のリスクには大きな違いがあります。

そのため、この論文では前十字靭帯に特化したスポーツ復帰をさらに詳細に評価することが提案されました。

患者特性に応じたスポーツ復帰とは

怪我をする前と比べて
・同じ種類のスポーツに復帰できる (pivotingかnon-pivotingか、接触か非接触か、負傷前と同じか別のスポーツか)
・同じ頻度で活動できる (毎日、毎週、毎月など)
・同じ強度で活動できる (競技、レクリエーション、プロ)
・プレーの質が同等である(パフォーマンスレベルを考慮する)

スポーツ復帰はこれら特定の要素を含まなければならない指標ですが、スポーツ復帰は最終目標に到達するための継続的なプロセスでもあることを認識することも重要です。

まとめ

負傷前のスポーツの種類、頻度、強度、パフォーマンスの質といった要素を達成することが必要。
患者を制限のないトレーニングや競技に移行させる前に、スポーツ医学的な許可は必須事項。

制限のないトレーニングへの許可

制限のないトレーニングへの許可の決定は多因子であり、負傷からの時間、治療、検査、スポーツ復帰テスト、メンタル的な問題、スポーツ特有の条件を考慮する必要があります。

さらに、患者・家族・コーチ・主治医・チームドクター・理学療法士/アスレチックトレーナーなど、スポーツ復帰プロセスに関わる人々の利害関係や期待が一致していることを認識する必要があります。

最終的には、患者のトレーニングを開始するための許可を与えるかどうかは、主治医・チームドクターや理学療法士/アスレチックトレーナーなどの医療提供者が決定することになります。

医療提供者の倫理的義務は患者の健康にあります。

チームのコーチは個人の健康よりもチームの勝利を優先することがあり、これが利益相反に一致します。そのため、制限なしのトレーニングに移行できるかどうかにコーチの意思決定は採用しないこととなっています。

チームドクターは相反するプレッシャーを感じるかもしれませんが、透明性を保ち、懸念事項があれば患者に伝え、患者が十分な情報を得られるようにすることが大切です。

まとめ

患者を制限のないトレーニングに移行させる前に、医療従事者がスポーツ医学的なクリアランスを決定することは極めて重要。
完全復帰のプロセスを達成するためには、段階的な競技復帰の前に、慎重に練習復帰計画を立てる。

スポーツ復帰へのプロセス

スポーツ復帰プロセスに必要な5項目

・選択した治療法
・対象とするスポーツ
・希望するパフォーマンスレベル
・生物学的な治癒
・心理状態

スポーツ復帰のプロセスは、選択した治療法、対象とするスポーツ、希望するパフォーマンスレベルに応じた生物学的な膝の回復に加えて、心理的状態も考えながら、リハビリテーションを段階的に進めていかなければなりません。

従来言われてきたスポーツ復帰に必要な3つの要素は、上で述べた Return to participation/Return to sport/Return to performanceです。

Return to participationの段階では、運動(ジョギングやジャンプ)はそれなりにできるようになっていますが、トレーニングも可能ですが、医学的身体的心理的にスポーツに復帰する準備ができていません。

Return to sportの段階では、定義されたスポーツに復帰することができたものの、望ましいパフォーマンスレベルにはまだ達していません。

Return to performanceの段階では、定義されたスポーツに復帰し、負傷前のレベルでパフォーマンスを発揮することが出来ることを意味します。

この論文で提唱された前十字靭帯損傷に特化したプロセスはこれらをさらに拡大しています。

スポーツへの復帰、そしてパフォーマンスへの復帰は、段階的に進行していきます。

スポーツ選手は、前の段階の目標を達成し、スポーツ特有の臨床検査および機能検査によって確認された場合にのみ、次の活動段階の開始が許可される。

アスリートが復帰計画を進めていく中で、逐次評価を行う必要があります。

まとめ

スポーツ復帰の流れは、図にまとめられているように、まず練習に復帰し、次に的確な検査の元で決定を行い、競技に復帰する。このような段階的な進行が強調されている。

競技復帰の許可

競技へのフル参加の許可(練習→競技)は、患者が18歳未満の場合は親、外科医、チームドクター、理学療法士/アスレチックトレーナーが参加するミーティングで決定しなければいけません。

スポーツ復帰は上で示したように連続的に継続されなければなりません。

時間をかけて複数の関係者が参加する共有の意思決定プロセスが必要になります。

このプロセスにおいて、異なる貢献者(主治医チームドクター理学療法士/アスレチックトレーナー)の間には、異なる医学的・技術的能力があります。

原則的に共有の意思決定のもと判断される必要があります。

この論文ではコーチを意思決定者として含めることはありませんでした。

コーチのチームに対する義務やコミットメントを考えると、コーチを医学的判断に含めることは利益相反になるという懸念があったからです。

医療従事者の主な義務は患者の健康であるのに対し、コーチはチームの成功に焦点を当てています。

とはいえ、コーチは競技者のスポーツ指導のキーパーソンとして非常に大切です。

コーチには、患者が練習に復帰したときのパフォーマンスを評価してもらう必要があり、医療従事者に患者の進捗状況の評価を提供してもらうという大切な役割があります。

まとめ

完全復帰許可がスポーツ復帰の連続性に沿って行われることを考えると、意思決定は患者、医師、理学療法士・アスレチックトレーナーで行うべきであり、コーチを意思決定に含むことは利益相反に値する。

スポーツ復帰時期の決定

時間に基づいたスポーツ復帰の意思決定は、やめるべきである

生物学的治癒神経筋の制御機能的スキル心理的状態の個人差に基づき、スポーツ復帰までの期間を考えなければならない。

前十字靭帯損傷後に膝関節のホメオスタシスの正常化(例:滲出液がないことや痛みの解消)、神経筋のコントロール、十分なプロプリオセプションと筋力の獲得には、最大で2年を必要とする場合があり、これらの要因はスポーツ復帰のプロセスを通じた個人の進歩に基づいて変化します。(再建靭帯の完全治癒には3,4年を要するという報告もある)

このように、個々の患者には大きな違いがあるため、純粋に時間を基準とするだけでは不十分ということになります。

しかし、再建靭帯の治癒過程を考慮した時間ベースの検討には重要な役割があります。

最近のデータでは、制限なしの競技復帰を術後9ヶ月まで遅らせることで、再断裂の発生率が51%減少したことが示されています。

再建靭帯の治癒と成熟の生物学的評価は重要ですが、移植片の治癒を評価する手段がなければ、時間は復帰を判断する1つの要因となります。

しかし、術後6ヶ月以前での復帰は許容できないほどの再断裂のリスクを負うことになります。

最終的に、スポーツ復帰の決定は、次の段階のリハビリに進む前に、客観的な基準が満たされていることを確認する必要があります。

純粋に時間に基づいた意思決定ではなく、客観的な指標を用いた構造は、最近の文献にも反映されており、時間に基づいたリハビリテーションから、複数の医療従事者で構成された・基準に基づいた・スポーツに特化した・患者に合わせたリハビリテーションやスポーツ復帰プログラムへ移行してきています。

まとめ

移植片の成熟と関節のホメオスタシスの回復は多因子性であり、個人の治癒条件は様々です。
純粋に時間に基づいたスポーツ復帰の意思決定は十分ではなく、客観的な身体検査データ(臨床検査や測定など)を含める必要がある。

復帰のための客観的な身体検査データ

スポーツ復帰のリハビリ期間中に明確にすべき定義の一つに、客観的な身体検査データがあります。

どの測定法を含めるべきかの判断材料となるデータは限られていますが、一貫した客観的測定法を持つことが重要です。

したがって、身体検査には、可動域滲出液の有無Lachmanテストpivot shiftテストなどの弛緩テスト、大腿四頭筋ハムストリングスの筋力を含める必要があると結論づけられました。

あるシステマティックレビューでは、大腿四頭筋の筋力が高く、滲出液が少ないことが、スポーツ復帰の成功に関連する身体検査所見であると報告されています。

また、ハムストリングスと大腿四頭筋の不釣り合いな筋力比や、不十分な片脚ジャンプテストが、前十靭帯再断裂の頻度の高さと関連していることが報告されています。

身体検査は、前十字靭帯損傷の回復をモニタリングするためのベースラインの評価と考えられており、スポーツ復帰のための機能テストや心理学的評価などに先立ってクリアする必要があります。

まとめ

客観的な身体検査データは、前十字靭帯損傷または再建後の膝の回復を評価するのに最低限必要である

スポーツ復帰テスト

2011年に行われたシステマティックレビューでは、過去10年間に行われたスポーツ復帰研究のうち、客観的な基準を用いた研究はわずか13%であったと報告されていますが、最近の研究では、客観的な基準に基づいたスポーツ復帰の進行に注目が集まっています。

可動域滲出液筋力ホップテストなどは文献的にも支持されており、動作の対称性についても新しい研究が活発に行われています。

アイソキネティックな膝伸展ピークトルクと、主観的な膝のスコアおよび3つのホップテストとの間に正の相関関係が報告されています。

また、タイムドホップテストトリプルクロスオーバーホップの膝伸展加速率と減速域の間には、良好な正の相関関係が報告されています。

Single-Leg 6m Timed Hop Test – John Snyder, DPT
https://johnsnyderdpt.com/for-clinicians/functional-testing/single-leg-6m-timed-hop-test/

また、大腿四頭筋の筋力低下は、再断裂のリスク増加と関連している可能性があります。ある研究では、大腿四頭筋の筋力が対側の四肢の90%未満の患者の33%が再断裂したのに対し、大腿四頭筋の筋力が90%以上の対称性を持つ患者では13%が再断裂したと報告しています。

Delaware-Oslo ACLコホートでは、大腿四頭筋の等尺性筋力4つの片足ジャンプテスト、2つの患者報告式アウトカム測定を含むスポーツ復帰テストを使用し、すべての基準の90%を合格点とした。

この基準に基づくスポーツ復帰テストに合格した患者は、不合格だった患者と比較して、膝の再断裂も6倍以上低かったようです。

まとめ

標準化されたスポーツ復帰テストは、再断裂のリスクを減少させる可能性があるが、正確な構成要素を定義し、どの検査を優先させるべきか、あるいはより重くするべきかについては、さらなる研究が必要である。
スポーツ復帰テストでは、動きの質、強度、可動域、バランス、神経筋制御を示す特定の機能的スキルの評価を行うべきである

機能テストとは

スポーツ復帰テストの一環として、特定の機能的スキルは重要な役割を果たします。

大腿四頭筋の筋力低下神経筋制御の低下は、再断裂の危険因子であることが研究で示されています。

一般的に使用されている機能テストはジャンプテストで、シングルレッグジャンプトリプルジャンプクロスオーバージャンプタイムドジャンプテストなどがあり、通常は対側の足と比較します。

Single-Leg 6m Timed Hop Test – John Snyder, DPT
https://johnsnyderdpt.com/for-clinicians/functional-testing/single-leg-6m-timed-hop-test/

スターエクスカーションバランステストは、非接触傷害の予測因子であることが示されています。

下の動画の1分16秒あたりから見てください。

DVJ(Drop Vertical Jump)テストや姿勢安定性テストは、若いアスリートの前十字靭帯再建後の再断裂リスクを予測することができると報告されています。

Drop Vertical Jump

姿勢安定性テスト:1分35秒あたりから見てください。

含まれる機能テストや、これらのテストを実施する時期については、報告によって多くのばらつきがあります。いずれにしても、機能テストは重要な検討事項であり、複数の測定法を含めるほうがいいです。

まとめ

定量的および定性的な評価を含む機能テストは、スポーツ復帰テストの標準的な要素として受け入れられつつあるが、どの評価を含めるべきか、またそれらがスポーツ復帰や再断裂とどのように相関するかの研究が必要である。

アスリートのメンタルヘルス

アスリートのメンタルヘルスは、最近注目されている重要な検討事項です。

2019年の国際オリンピック委員会(IOC)の「アスリートのメンタルヘルスに関するコンセンサス・ステートメント」では、アスリートのメンタルヘルスの有病率が高いことや、メンタルヘルスと身体の傷害やその後の回復との関係が報告されています。

IOCは、認知的、感情的、行動的な反応が傷害の転帰の重要な要因であり、メンタルヘルスの障害は回復を複雑にする可能性があると結論づけています。

28件の研究を集めたシステマティックレビューでは、プレーに復帰しない患者の65%が心理的な理由を挙げていることが報告されています。

ACL-Return to Sport after Injury(ACL-RSI)スケールは、ACL再建後にスポーツに復帰する際の心理的影響を測定するために提案されており、復帰の準備ができているかどうかを見極めることができると期待されています。

ACLRSIstlukes

このスケールは、681人の患者を対象とした大規模なコホート研究で検証され、術後6カ月時点でのACL-RSI閾値スコアが、2年後のフォローアップでの受傷前のスポーツへの復帰と独立して関連していることが報告されました。

まとめ

心理的要因は明らかにスポーツ復帰において重要であり、心理的状態を的確に評価すべきだがが、現在のところ、スポーツ復帰プロセスを改善するための心理的尺度をどのように利用できるかははっきりしていない。
アスリートのスポーツ復帰は、個人で異なる要因(スポーツの種類、シーズンの時期、ポジション、競技レベルなど)を考慮する必要がある

前十字靭帯断裂に併発する損傷とスポーツ復帰

前十字靭帯損傷では、半月板損傷が23~42%、軟骨病変が19~27%と報告されており、併発病変としては一般的です。

これらの損傷は、スポーツ復帰を遅らせる可能性のある追加治癒を行う必要があるかもしれない。

前十字靭帯再建と関節軟骨病変を併発した場合の術後のリハビリテーションとスポーツ復帰に関するコンセンサスは現段階では得られていない。

最近のシステマティックレビューからも明らかなように、この判断の指針となる文献は不足しています。

しかし、半月板と軟骨の損傷は、スポーツ復帰の割合が低いことが報告されています。さらに、前十字靭帯再建術後、著しい軟骨損傷はスポーツ復帰率の低下と関連することが分かっています。

併発した損傷がスポーツ復帰の意思決定にどのように影響するか、またスポーツ復帰のプロセスをどのように最適化できるかを評価するために、今後の研究が必要である。

まとめ

併発損傷は一般的であり、スポーツ復帰に影響を与える可能性があるが、スポーツ復帰のプロセスと意思決定の修正を導くための文献が不足している。