痛みはどこからやってくる?

”歩く”を考え、膝の痛みの発生を知る Part 1

歩くことは人類にとって重要な能力の一つです。歩くことが出来なくなることは人類の歴史上それは致命的であり、現代においては重度のハンディキャップと生活の質の損失と考えられています。

歩くことは優れた脳の発達とホモサピエンスとしての進化の成功において決定的な影響を与えたのです。

そのため、歩くという運動パターンの根底にある基本的なメカニズムを理解することは、膝の痛みがなぜ起こるかと言う事を考えるうえで非常に重要です。

ルーシーの足跡

人の歩行はすでに360万年前にほぼ完全に発達していました。

タンザニアのラエトリと言う場所で発見された足跡がこのことを証明しています。

火山が噴火して灰を撒き散らし、小雨が降るとセメントのような物質になります。

少なくとも2匹のヒト化動物がこの表面を歩いて足跡を残し、その後まもなく灰に覆われ保存されました。

この足跡は、大人が子供の隣を歩いていたというシナリオを示しており、おそらく手で導かれていたのでしょう。

当時、その場所に住んでいたことが知られている唯一のヒト化動物はアウストラロピテクス・アファレンシスで、通称ルーシーと呼ばれています。

ルーシーはホモサピエンスの直接の祖先か、未知の祖先の近親者であった可能性があります。

ルーシーが膝と股関節が曲がった(屈曲)チンパンジーではなく現代人のように歩くことをどのように証明したのでしょう。

チンパンジーは膝と股関節が曲がった状態で歩く

実験データを示します。

ルーシーの身長は約1.1m、体重は約30kg。

そのため、彼女の歩行パターンは8歳の人間の子どもと比較しなければなりません。

既存の骨や部分的な骨をスキャンして、3次元コンピューターシュミレーションモデルを構築しています。

下肢(股関節から下の部分)には52個の筋肉が取り付けられエネルギー消費が最少となるための最適化アルゴリズムに基づいて歩行するよう設定されました。

実験データから、ルーシーの歩行は現代の成人よりも消費エネルギー(筋肉を使うために消費されるエネルギー)は経済的ではありませんでしたが、同じ体重の現代人(8~9歳児)に匹敵するエネルギーコストを持っていました。

現代人と全く同じではありませんでしたが、膝関節をほぼ完全に伸ばした状態の歩行は、現代の二足歩行をする人間が地球上でもっとも経済的な運動方法である理由と考えられます。

エネルギーを最小にする歩き方

ヒトの歩行は他の哺乳類や類人猿よりも優れていることが示されていて、ヒトは他の動物が完全に疲弊するまで何日も動物を追いかけて狩りをするために歩行を利用していたのです。

二足歩行が進化したもう一つの一般的な説明は、幼児を運んだり、道具を扱ったりするために上肢(腕から手)が他の目的のために解放されたというものです。

人間の子供は数歳になるまでは大人の後をついて長距離を移動することが出来ません。

そのため、子供の移動は進化と生存のために不可欠なのです。

人間の歩行は、足首を上にあげて踵から設置するのが特徴で、このような歩行パターンを示す種は他にいません。

二足歩行の動物でさえ、前足を地面に着地させて歩く指節歩行をしています。

人間の踵は丸みを帯びていて、結合組織と脂肪で満たされたパッドで覆われています。このパッドの役割は、踵の衝撃を抑えることです。

ラトリエで発見された足跡を3Dスキャンし、濡れた砂の中に足跡追付けた人間の足跡と比較した研究があります。

実験に使用した足跡は膝と股関節を曲げた状態で歩行した、ちょうどチンパンジーの歩き方と同じ歩き方で作られました。

この歩き方(チンパンジー歩行)では踵の圧力はほとんどなく、足の前方部分(指周辺)に大きな圧力がかかります。

ラトリエの足跡は踵と前足部に均等に圧力がかかっていることがわかりました。このため、360万年前にはすでに現代の二足歩行が確立していたと証明されたのです。

膝にかかる力が歩行様式を変える

小動物(ネズミなど)は膝の関節が曲がった状態で動きますが、大型動物(象など)は運動時に、ほぼまっすぐに伸びた状態で動きます。

これは、膝関節の骨と骨にかかる力によるものだと考えられています。膝が曲がっているということは関節に対してより大きな力を要し、それは体重に依存します。

つまり、曲がった関節を動かすためには大きな筋力を必要とし、それによって骨と骨の間に非常に大きな力が発生するということです。

小動物では骨と骨の間にかかる力は関節に損傷を与えるほど高くありませんが、大型で重量のある動物では、これらの力を減らすために対策を講じなければなりません。

人間は体格的には小さい動物でも大きい動物でもありません。そのため、人間の歩き方(膝の曲がり)は骨と骨の間の力を減らすためのメカニズムと言うよりは、エネルギー効率を高めるために機能していると考えられています。

人間の歩行時には膝関節が完全に伸びているわけではありません。立脚の前半(上の図で左から2番目)では膝関節が20度ほど屈曲し、再び伸展し(3番目)、それ以外の立脚期ではつま先が離れるまで(4,5番目)さらに屈曲していきます。

さらに、健康な人が同じ速度で歩行している場合、特に膝関節にかかる力に関しては個人差が大きいことがわかっています。このことは、膝が痛くなる人とそうでない人の違いに大きく関与している可能性があります。

健康な人は1日に1万歩から2万歩の歩行をしていて、これを何十年と続けるのです。

膝が痛くなるのは歩き方にも依存している気がしますね。

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