人工膝関節置換術を勧められている患者さんの多くは、様々な理由で手術を延期することが多いです。その原因は“恐怖”と“誤った情報”によるものが大きいです。
多くの患者さんが手術をすることをためらい、手術のタイミングを先延ばしにしてしまいます。しかし、そのような患者さんが手術を受けると、一様に手術を受けたことに対する感謝を示してくれますし、もっと早く手術していればよかったと言います。
人工膝関節置換術を受けるタイミングを考えるには、手術を遅らせることで生じるリスクを考える必要があります。
手術を遅らせることで生じるリスクは、関節の状態悪化、痛みの増加、膝可動域の減少(膝の曲げ伸ばしできる範囲が狭まる)などを伴うことが多いです。
医師は膝関節の重症度に応じて侵襲の少ない治療法から開始します。
内服薬、湿布、物理療法、サポーター、膝の注射などを組み合わせて患者さんの満足度を高めます。しかしながら、私を含めて多くの整形外科医は、いつかは人工関節をしなければいけないと心の底で思っています。
これらの治療法(内服薬、湿布、物理療法、サポーター、膝の注射)を組み合わせても効果がない場合や明らかに状態が悪くなってきている場合には、人工膝関節置換術を勧めることがあります。
誰しも大きな手術は受けたくないでしょうし、無理だとわかっていても保存的に治療することで少しでも良くならないだろうかと考えます。
将来、自分が同じ境遇に置かれ、手術を迫られたとしても、皆さんと同じような選択をするかもしれません。
重要なのは、手術を遅らせることで自分が背負わなければならないリスクを認識し、覚えておくことです。
手術延期によるリスク
意識的に手術を遅らせることで起こるリスクを挙げてみます。
– 関節内外の変形リスク
– 筋肉や靭帯などの構造物が弱くなって機能を失うリスク
– 痛みの増加/痛みの管理ができないリスク
– 障害の増加/運動能力の低下のリスク
– 日常生活に支障をきたすリスク
これらのリスクは悪化するにつれて日常生活で自覚しやすく、人から指摘されることもあるかもしれません。健康でいるためには、これらの変化に敏感になることが必要です。
しかしながら、あまり知られていないリスクもあります。
医療者側には当然でもあまり重要視されないリスク
人工膝関節置換術を延期することによって、手術方法に関してもいくつかのリスクが発生します。例えば、延期による関節内外の変形のリスクは、手術がより複雑になる傾向にあります。
そうすると、手術に時間がかかり、麻酔を受けている時間が長くなる可能性があります。麻酔を受けることによる内臓への被害は時に深刻なものになります。そのため、麻酔を受けている時間はできるだけ少ないほうがいいことは事実でしょう。
また、手術を先延ばしにすることで、膝関節置換術の選択肢が制限されることもあります。
例えば、早い段階で手術を受ける場合は膝の内側だけを変える手術だけで済む可能性もあります。しかし、治療を遅らせると、膝関節の破壊がひどくなり、膝の全置換術(より複雑な手術)が必要になります。
これらのことは医療者側にとっては常識で、あまり患者さんには知らされない情報かもしれません。しっかり覚えておきましょう。
手術のタイミングは早いほうが良い
最近の研究では、人工膝関節置換術を受けるタイミングが術後の成績に違いを生むことが示されています。
トロント大学が発表した論文によると、「手術のタイミングは、これまでの認識よりも重要である可能性があり、具体的には、機能低下の過程で早期に手術を行うことが、より良い転帰と関連している可能性がある」と述べられています。つまり、早期に手術を行うことができれば、より成功する可能性があるということです。
患者さんが比較的健康な状態で膝関節置換術を受けると、合併症が少なく、早期に回復する可能性が高くなります。
膝関節置換術はすべての人に推奨されるものではありませんので、主治医の診察を受けて、自分に最適な方法を見つけることをお勧めします。
しかし、あなたが人工膝関節置換術を一度でも勧められれば、手術を先延ばしにすることは、本来であれば回避可能な多くの問題に直面する可能性があることを覚えておかないといけません。