Part 1では、人間の歩き方はエネルギー効率を最小限に抑えることで長距離歩行を可能にしており、その歩き方には個人差があることをお話ししました。普段、意識してない”歩く”という行動がどのように行われているのかを考え、どのような歩き方が膝に負担をかけてしまうかを考えましょう。
ハイヒール歩行を考える
14名の女性を裸足歩行とハイヒール歩行(9cmヒール)で調査した研究があります。
ハイヒールを履くと、つま先が下がり踵が浮き上がった状態(足関節底屈)になります。このような状態になると、つま先立ちをするための筋肉(ヒラメ筋と腓腹筋)が裸足歩行に比べるとほとんど使われなくなります。
これは、ハイヒールで歩行している最中にはアキレス腱の長さが短縮した状態となるためです。
アキレス腱はヒラメ筋と腓腹筋からなる合同腱で踵の骨に付着しており、長さ約15cmの固い索状の人体のなかで最大かつ最も強い腱といわれています。アキレス腱は歩行や疾走・跳躍などの運動の際、爪先を蹴り出す時にかかとを持ち上げたり、着地する足の爪先を地面に踏み込ませるなど重要な機能を果たしています。
筋肉というものは、引き延ばされた状態からばねの様に縮んで力を発揮します。ハイヒール歩行ではアキレス腱の長さが縮んだ状態となり、足首を底屈する力の低下を引き起こしています。
足首が十分に使えない状態になると、膝関節が曲がり(屈曲)、そのため大腿四頭筋(膝の前にある筋肉)の活動が一気に上がるのです。膝が曲がった状態というのは、骨と骨の間の圧力を高めます。これは以前に学びましたね。よくわからないという人はこちらの記事を読んでください。
さらに、膝の内転モーメント(膝がO脚になろうとする力)も10%程度増加します。10%という数字は決して小さいものではありません。変形性膝関節症の患者さんでは、このモーメントがわずか1%増加するだけで、変形性関節症の進行リスクが6.46倍に増加すると言われているからです。
姿勢が悪いと膝の裏が痛くなる
歩くという動作は下肢を前方に振り出すことの繰り返しです。足関節からのバネの力が膝を通って足の付け根である股関節に到達します。この通路のいずれか、または複数に障害がでると歩行能力は著しく低下します。当然ですが、最終到着点である股関節に障害がでても歩くことが困難になります。
皆さんは歩くときに足を前に出そうと思って歩いていますか?
もしも、そのような状態になっている人は、既に足から股関節のどこかに障害を持っています。その理由を説明していきます。
9人の健康な男性に3つの姿勢で歩いてもらい、股関節・膝関節・足関節にどのような負荷がかかるかを検討している論文です。
上の図のように前傾姿勢、正常、体を後ろにそらした状態で各関節にかかる負荷を計測しています。歩くスピードはすべて一緒で4.5km/hで統一しています。
一番左の姿勢(前傾姿勢)は股関節および膝関節に過度な負荷がかかっており、エネルギー効率が非常に悪い(長く歩くのにすごく疲れる)という結果でした。腰が丸まると自然に前傾姿勢になります。前傾姿勢になると体はバランスを取ろうとして膝をやや屈曲した状態とします。足関節もばね効率が悪くなっていました。面白いことに、体をそらした状態では正常とほとんど変わらない結果となったのです。
この研究で面白いことは、私たちが歩行をしているとき(正常な肢位で)後ろにいった足を振り出すのに筋力はほとんど使っていないということです。これは筋力ではなく股関節のバネ効果によるもので股関節の靭帯がその制御をしているということです。ちょうど竹がしなりのエネルギーを蓄えて元に戻る感覚と似ています。
これは、人間が2足歩行で長距離を移動するために勝ち得た、歩行の重要なエネルギー節約機能なのです。
反対に、前傾姿勢で歩くことは非常にエネルギー効率が悪いと言いました。前傾姿勢で歩くと、このバネ効果が使えないため、主にお尻の筋肉や太ももの裏の筋肉を使って足を踏み出さないといけないのです。
年を取って背中が曲がると歩く距離が一気に落ちます。この理論からすれば当然ですね。エネルギー効率が極端に上がるからなのです。さらに、膝を曲げて歩くため、膝の骨と骨の間の圧力も増えて軟骨がすり減っていきます。
高齢の患者さんが膝の裏が痛くなると訴える頻度は比較的高いですが、これは歩くたびに太ももの裏の筋肉を非常に多く使っているからなんです。
対称的に、これまで膝が痛くなったことがなく、正常な歩行をしているにもかかわらず、急に膝の裏が痛くなった人は要注意です。すぐに整形外科を受診する必要があります。
これは40~60歳の女性のややふっくらとした人に多く起こります。この病態は軟骨を一気にすり減らし、変形を著名に進める非常に厄介な病態です。残念ながら見逃された状態で私の外来に紹介される人が多いですが、早期に治療できれば100%とまではいきませんが高い確率で急激な変形の進行を止めることができます。この病態については今後お話ししますね。
私たちが何気なく行っている”歩く”という行為は膝の痛みと直結します。
週に何回かは自分の歩く姿勢を意識し、足の振り出しを実感してみてください。
ちなみに、このような非常に効率のいい歩き方を習得している人間が、普通に歩いても痩せることは不可能です。3.5km/hまでは筋力は使いません。5~5.5km/hで歩くことをお勧めします。外で運動できない人で家にスペースがあるのであればWalkerやBikeを購入することをお勧めします。Walkerは高いのので余裕がある人だけでいいかと。Bikeは自分の体に投資する金額としては絶対に安いです。膝周り、股関節周囲の筋肉、足首の筋肉を鍛えましょう。コロナの影響で外出できない人も多いのではないかと思います。健康のためにも、自宅で運動してみましょう。
参考文献
Miyazaki T, Wada M, Kawahara H, Sato M, Baba H, Shimada S. Annals of the Rheumatic Diseases 2002;61:617- 622.
Andersson EA, Nilsson J, Thorstensson A. Intramuscular EMG from the hip flexor muscles during human locomotion. Acta Physiologica Scandinavica 1997;161:361-370.
Cappelini G, Ivanenko YP, Poppele RE, Lacquaniti F. Motor patterns in human walking and running. Journal of Neurophysiology 2006;95:3426-3437.
Capaday C, Stein RB. Difference in the amplitude of the human soleus H-reflex during walking and running. Journal of Physiology 1987;392:513-522.
Friederich JA, Brand RA. Muscle fiber architecture in the human lower limb. J Biomech 1990;23:91 95.
Schieppati M. The Hoffmann reflex: a means of assessing spinal reflex excitability and its descending control in man. Progress in Neurobiology 1987;28:345-376.