原因:お皿(膝蓋骨)の裏側の軟骨が柔らかくなったり、損傷したりする
症状:膝前方の鈍痛、ゴリゴリとした音、引っかかり感
回復までの期間:一般的には1カ月
膝蓋軟骨軟化症は、お皿(膝蓋骨)の裏側の軟骨が柔らかくなったり、損傷したりする膝の病態です。
膝軟骨軟化症は、膝前方の鈍痛、軽度の腫れ、膝を動かしたときのゴリゴリとした音を引き起こします。
膝蓋軟骨軟化症は、ランナー膝と誤診されることが多いです。
膝蓋軟骨軟化症が軟骨自体に問題があるのに対して、ランナー膝は膝蓋骨の動きに問題があるという点で根本的に異なります。
しかし、ランナー膝が原因で膝蓋軟骨軟化症が発症することがあるため、しばしば混同して理解されることが多い病態です(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK459195/)。
ここでは、膝蓋軟骨軟化症の原因、症状、疫学、治療方法と回復過程について解説します。
膝蓋骨の重要性
膝蓋骨とは、膝の前部に位置する小さな逆三角形の骨です。
膝蓋骨は大腿四頭筋腱に囲まれており、大腿骨の前面にある窪みに収まって、膝蓋大腿関節を形成しています。
この窪みは、膝蓋大腿骨溝(patella groove、trochlear groove、intercondylar groove)と呼ばれています。膝を動かすと、膝蓋骨はこの溝を上下にスライドします。
膝蓋骨は、膝関節を保護するだけでなく、膝を動かすのに必要な力を軽減する滑車の役割も果たしており、大腿四頭筋の働きをより効果的にします。
また、膝蓋骨は、特に40歳を過ぎると、関節の老化(変性プロセス)が始まる部分と言われています(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9276052/)。
また、膝蓋骨は大腿骨や脛骨に比べて軟骨病変の有病率が高い部位であるということも分かっています(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17428666/)。
膝蓋軟骨軟化症の原因
膝蓋軟骨軟化症は、膝蓋骨が膝蓋骨の溝の中央でスムーズに滑るのではなく、溝の端に擦れることで起こることがほとんどです。これにより、軟骨に小さな裂け目ができ、それが炎症を起こして痛みを引き起こします。
このことはランナー膝で説明しているので興味のある方はランナー膝をご参照ください。
筋肉の不均衡
膝蓋軟骨軟化症では、膝の外側の筋肉の硬さと膝の内側の筋肉の弱さが相まって、膝蓋骨の溝の中での膝蓋骨の位置に影響を与えます。
そのため、膝蓋骨がやや横に引っ張られ、膝蓋骨の溝の端に擦り付けられ、多くの摩擦が発生して軟骨が損傷します。
膝蓋骨のアライメント不良
人によっては、膝蓋骨が正しい位置になく、高すぎたり低すぎたりすることがあります。生まれつきの人もいますが、思春期になって初めて気づくこともあります。
アライメント不良については膝蓋骨高位の章で詳しく話しています。興味がある方は膝蓋骨高位を参照ください。
脚の使いすぎ
走る、跳ぶ、ステップ(フェイント)など、膝蓋骨に強い力が繰り返しかかるような運動は、膝蓋骨の裏側を傷つけ、軟骨軟化症の原因となります。
扁平足
扁平足も膝蓋骨軟骨軟化症の原因の一つとされています。扁平足のように足のアーチが下がると、歩いたり走ったりするときに膝にかかる力の分散の仕方が変わり、軟骨が損傷しやすくなります。
Qアングル
男性よりも女性の方が多く、これは女性の方がQアングルが高いことが原因とされています。
怪我、手術
大腿四頭筋を萎縮させるような怪我やギプス固定、手術の合併症としても見られます。
膝蓋軟骨軟化症の症状
膝蓋軟骨軟化症に関連する最も一般的な症状は以下の通りです。
– 膝前方の痛み:鋭い痛みではなく、鈍痛
– 違和感:足を動かしたときの引っかかり感、ゴリゴリ音。
– 軽度の腫れ:膝蓋骨周辺に軽度の腫れが見られることがあります
– 圧痛:膝蓋骨を圧迫すると痛むことがあります
– 階段での痛み: 階段を上るときよりも下るときに悪化する傾向があります
– 長時間の休息後の痛み:しばらく座っていた後、最初に立ち上がった時に症状が出やすいです
膝蓋軟骨軟化症の疫学
男性よりも女性の方が多く、これは女性の方がQアングルが高いことが原因とされています。
ホルモンによる原因はないようです。
走るスポーツをしている活動的な若年層や、階段の昇降や膝をつく動作を繰り返すことで膝蓋大腿関節に負担をかけている労働者は、軟骨軟化症の発症率が高いと言われています。また、体重が増えることもリスクファクターとして報告されています(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22960091/。
年代別の発症率は以下の通りです(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17428666/)。
30歳以下:約45%
30歳から40歳:70%
50〜59歳:95.1%
60歳以上:94.1%
・女性
・40歳以上
・肥満傾向の人
膝蓋軟骨軟化症の診断
まずは、レントゲンを撮影します。レントゲンで軟骨軟化症を正確に診断することはできまんが、関連する病変の確認を行うため重要な検査です。
MRIを撮像して膝蓋軟骨症を診断することができますが、これまでの旧式のMRI(1.5T)では、感度:57~86%、特異度:74~93%となっています。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11241815/)それほど高くない診断精度でした。そのため、確定診断には関節鏡を使用して実際に軟骨下骨の露出につながりそうな軟骨をプローベという道具を使用して柔らかさを確認していました。
しかし、現在の日本の大病院では新型のMRI(3T)が主流になりつつあります。
3TMRIで解析した膝蓋軟骨軟化症の診断精度は80%にまで上昇しました。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7720672/#r8)
しかし、関節鏡検査で行われる目視による評価ほど正確ではないというのが現状です。
軟骨損傷の分類
軟骨の損傷分類には大きく二つの分類が使われます。
Outerbridge 分類
Level1 | 軟骨が単純に柔らかくなっている状態 |
Level2 | 硝子軟骨の線維化、軟骨が部分的に薄くなっている(範囲は直径1.5㎝以下) |
Level3 | 関節軟骨が軟骨下骨のレベルまで裂けている状態(範囲は直径1.5cm以上) |
Level4 | 関節軟骨がはげ落ち、軟骨下骨が露出する |
ICRS 分類
Grade | 関節鏡 | MRI |
1 | 軟骨表面だけが柔らかい | 正常な輪郭を持つ高信号が軟骨の中に現れる |
2 | 軟骨の擦り切れ。関節面の50%以下を占める病変 | 関節軟骨の亀裂 |
3 | 軟骨の厚さの50%以上に相当する関節軟骨の大幅な欠損 | 軟骨が部分的に薄くなる |
4 | 関節軟骨が完全に欠損し、軟骨下骨が露出している状態 | 骨にまで届く高信号(軟骨の全層欠損) |
膝蓋軟骨軟化症の治療
軟骨軟化症の患者さんの管理は難しく、標準的な治療法として普遍的に受け入れられる特定の治療法はありません。
そのため医学的管理は、身体所見に基づいて行われます。
膝ストラップ
見た目はあまりよくありませんが、膝下にストラップをつけることで、関節への負担を軽減し、膝の痛みを劇的に減らすことができます。使用方法は簡単で、非常に効果的です。
膝の筋力強化
筋肉のアンバランスを解消し、膝蓋骨の動きを改善することで、膝蓋骨の負担を軽減します。
足底板(靴の中敷き)
足の外返し(pronation)を減少させる装具が効果的です。
靴の中に入れるだけで、足のアーチを支えてアライメントを修正し、膝蓋骨を通る力を軽減してくれます。
靴の中敷きを使用する場合は、必ず両方の靴に入れるようにしてください。そうしないと、片方の足がもう片方の足よりも少し長くなってしまい、背中や腰の問題につながる可能性があります。また、最初は短時間の身の使用にとどめ、徐々に体を慣らしていくようにしましょう。
先進医療
多血小板血漿(PRP)の使用が提唱されることもありますが、標準的な治療法ではありません。
今のところ、PRPは一貫して患者の転帰を改善することが示されていません。
運動時の工夫
膝蓋軟骨軟化症の治療で重要なのは、膝蓋骨に圧力がかかるような運動を最低1カ月間(成人の場合)避けることです。
ランニングなどの屋外で行う運動の強度と頻度を一時的に落とし、代わりに水泳やサイクリングをしましょう。ランニングをする場合は、クッション性の高い靴を履き、コンクリートなどの硬い地面を走るのではなく、運動公園などにあるトラックが推奨されます。
手術治療
手術治療は、内科的治療で効果が得られない場合に行われます。
関節鏡が外科的管理の第一選択となることが多いです
・軟骨デブリードメント
・滑膜ヒダ切除
・外側リリース
時には、膝蓋大腿部の適合性を改善するために、膝関節を切開して手術が行われることもあります。こちらについては膝蓋骨高位で説明していますので、興味のある方は膝蓋骨高位の章を参照してください。
膝蓋大腿部の人工関節置換術の選択肢もありますが、使用されることはほとんどありません。
鑑別診断(間違えやすい疾患)
回復までの期間
膝蓋軟骨軟化症による膝の痛みは、多くの場合、完治します。
しっかりと治療すれば回復までの期間は、1ヶ月程度ですが、治療したりしなかったりを繰り返すと、数年かかる場合もあります。
10代の患者さんは、骨の成長過程にあるため、長期にわたって痛みや違和感を訴える人が多いですが、成人になると症状が改善します(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21607740/)