原因:様々な要因でおこる
症状:主に膝前方の痛み
回復までの期間:病態によってさまざまだが、保存療法が奏功することが多い
Hoffa 症候群はA.Hoffaによって1904年に初めて報告されました。
この時の報告ではこのHoffa症候群を脂肪組織の炎症性繊維性過形成として記述しています。
しかし、これ以降、この定義の改良や、この特定の診断を識別する明確な放射線学的または組織学的記述はありません。
その理由として、Hoffa症候群を脂肪体全体に波及した炎症性疾患との位置づけることができる明確な組織学的な特徴は無いからです。
つまり、病理診断においては除外診断の要素が大きいということになります。
今回はこの謎多きHoffa症候群について見ていきます。症候群なので、原因となる障害はいくつかあります。
はじめに、正常解剖を理解してから病的な状態について見ていくことにします。
膝蓋下脂肪体の解剖
膝関節内には3つの脂肪体(膝蓋下脂肪体、前膝蓋骨上、後膝蓋骨上)があり,それぞれが関節包と滑膜の間に介在しているため,関節包内と関節包外に分かれています。
膝蓋下脂肪体は、前方の膝蓋腱と関節包、上方の膝蓋骨下極、下方の脛骨近位部、そして後方の関節滑膜によって囲まれています。
膝蓋下脂肪体内には、上方の膝蓋下滑液包(左図)と、下方の脛骨上の凹み(中図)が観察されることがあります。2つの凹部の間に連結(右図)が存在することもあります。
膝蓋下脂肪体内は、薄い線維性の索状物で隔てられた脂肪小葉でできています。
また、大腿骨の顆間ノッチから前方に向かって脂肪パッドを通過し、膝蓋骨の下極に達することもあります。これはligamentum mucosumとして知られており、これ自体は正常な解剖学的構造で、胚発生時の滑膜の残骸です。
膝蓋下脂肪体内への血流
膝蓋下脂肪体内の正常な血管供給は、膝蓋腱の縁に位置する2本の垂直動脈で構成されています。
これらの動脈は、分岐した後、膝蓋下脂肪体内を走る2~3本の水平吻合動脈によって相互に接続されています。
膝蓋下脂肪体内の周辺部は十分に供給されていますが、中央部には血管が少ないのが特徴です。
膝蓋下脂肪体内へ入る神経
膝蓋下脂肪体内には豊富な神経が通っているため、膝前部の痛みの原因となります。
Bohnsackは膝蓋下脂肪体内にサブスタンスP(SP)神経が有意に分布していることを発見しました。
SPは、神経伝達物質として、一次求心性神経終末から放出され、中枢神経、自律神経、末梢神経に存在します。
このSPは,痛みの媒介以外にも,慢性的な炎症状態において重要な役割を果たしているため、この神経性の炎症が膝前部痛の原因ではないかと考えられています。
膝蓋下脂肪体の神経について詳しく述べられている論文があります。
詳細は避けますが、膝蓋下脂肪体内には、大腿神経、総腓骨神経、伏在神経の枝が通っています。
膝蓋下脂肪体のMRI所見
膝蓋下脂肪体はT1およびT2強調像で主に高輝度に見え、構造的には皮下脂肪に似ています。
内部の線維性隔壁は、T1では低輝度(左図)、脂肪抑制で高輝度(右図)となります。
膝蓋下滑膜ヒダは、T1強調画像で低信号(右図)の構造として確認できます。
膝蓋下脂肪体の役割
膝蓋下脂肪体は、膝の屈曲・伸展に対応する、柔軟な構造体です。
主な機能は、膝蓋骨、膝蓋腱、および深部骨格構造の間の摩擦を減らすことです。
さらに、滑膜の挟み込みを防ぎ、隣接する構造物の血行を促進します。
Hoffa症候群とは?
臨床的には、Hoffaが最初に記述したテストを用いてHoffa症候群の診断を下すことができます。
このテストは、膝を伸ばして膝蓋腱の両側に直接圧力をかけたときに痛みが誘発される場合に陽性となります。
診断は比較的簡単ですが、そのHoffa症候群を引き起こす病態は様々です。
外傷および外傷後の膝蓋下脂肪体の障害
様々な異なるメカニズムによる急性の損傷は、膝蓋下脂肪体に出血性の変化や線維性の変化をもたらすことがあります。
急性の水腫や出血は、MRIでは高輝度領域として現れます。
膝蓋下脂肪体の外傷性変化は、他の隣接する構造物の損傷と関連していることが多く、これは、膝蓋骨骨折、Sleeve骨折、膝蓋骨脱臼などで見られます。
これらのケースでは、当然ですが、膝蓋下脂肪体が与える影響は少なく、外傷に関連する症状を呈することになります。
しかし、膝蓋下脂肪体に単独の病変が生じる可能性はあり、通常、大腿骨顆部と脛骨プラトーの間の脂肪パッドの圧迫に関連した小さな外傷に続発します。
外傷後の病変には、脂肪体の亀裂や断片化(下図)がおこります。
外傷に対する治療
急性外傷を伴う患者では、主に隣接する病変(例:膝蓋骨骨折、脱臼)に対する治療が行われます。
一方、膝蓋下脂肪体の孤立病変では、保存的治療(局所の理学療法と非ステロイド性抗炎症薬)が望ましいとされています。
インピンジメントによる膝蓋下脂肪体の障害
膝蓋下脂肪体インピンジメントは、主に膝前部の痛みとして現れる、局所的な微小外傷を繰り返した後に発生します。
インピンジメントは、通常、膝蓋下脂肪体の上外側で起こることが多いです。
これは、外側膝蓋大腿靱帯と軟骨の間にある脂肪パッドの外側部分が繰り返し挟まれることに起因すると言われています。
この2つの構造体の間の距離が短くなるような状況では、局所的なインピンジメントが起こりやすくなります。
また、膝蓋骨が高い位置にある場合(膝蓋骨高位)も、膝蓋下脂肪体のインピンジメントに関連しています。
インピンジメントは、膝の完全屈曲時に観察され、運動によって悪化する膝蓋骨外側の痛みを呈し、安静にしていると痛みは徐々に消失します。
関節液の貯留はまれにしか認めません。
鑑別診断
膝蓋下脂肪体インピンジの治療
理学療法、テーピング、コルチコステロイドの局所注射、局所の痛みが増すようなスポーツを避けるなどがあります。脂肪体の切除は、保存的治療後も痛みが持続する患者に対して行われます。
術後の変化
膝蓋下脂肪体の瘢痕は、以前の手術や関節鏡検査によって、修復過程での過剰な線維化反応として生じることがあります。
手術後の線維化は、境界がはっきりしないか、融合していないのに対し、関節鏡検査後の線維化は、脂肪体に沿って帯状に現れます。
膝蓋下脂肪体内の術後の線維性変化は、通常、無症状です。
術後の線維化:T2強調(a)および脂肪抑制(b)画像では、脂肪体(矢印)に低輝度の術後線維症が見られ、やや浮腫んでいる。
関節鏡検査後の線維化:関節鏡検査後の矢状のT1強調(a)では、膝蓋下脂肪体に瘢痕が見られ(矢印)、脂肪抑制画像(b)では、浮腫んで血管が浮き出ている(矢印)。
前十字靭帯手術後のサイクロプス病変
サイクロプスは、通常、移植腱のすぐ前に発生し、関節鏡で見たときにサイクロプスの目のように見えることから名付けられた名称です。
病理学的には、結節は肉芽組織の中心核を含む線維性組織です。
臨床的には、インピンジメントのため完全伸展が出来ない状態となります。
時折、運動時の局所的な痛みを認めることもあります。
半月板断裂や前十字靭帯損傷
半月板断裂や前十字靭帯の急性損傷は、膝蓋下脂肪体に外傷性変化を及ぼす可能性があります。
最も一般的な変化は、局所的な水腫ですが、膝蓋下脂肪体の変化に対しての追加治療は必要ありません。
外側半月板断裂: T1強調画像では、フラップ断裂の断片(矢印)が脂肪パッド内に(a)、脂肪抑制(b)では脂肪体の浮腫上変化;関節液(幅広の矢印)も存在する。
前十字靭帯断裂:浮腫状の脂肪体を伴う前十字靭帯断裂が見られる
半月板嚢胞
半月板嚢胞は、半月板内または半月板に隣接した場所にある液体の集まりであり、半月板断裂を介して半月板軟部組織に液体が滲出することによって生じます。
*正常な半月板に隣接する嚢胞は、一般に半月板嚢胞ではなくガングリオンです。
半月板嚢胞を伴う半月板断裂は、ほとんどの場合、水平断裂です。
半月板嚢胞に対する治療
半月板嚢胞の初期段階では、保存的な治療が望ましいとされています。
超音波ガイド下でステロイド・リドカインを局所注射することで、局所の炎症を抑え、痛みを軽減することができます。
再発防止のためには半月板縫合術が必要になることもあります。
滑膜性病変
色素性絨毛性滑膜炎(PVNS)、滑膜性骨軟骨腫症、滑膜血管腫、関節液貯留などの滑膜の病変は、膝蓋下脂肪体の局所的または拡散性の浮腫上変化を呈します。
PVNSは、関節のびまん性または局所的な、良性の滑膜組織増殖です。
膝前部の滑膜のびまん性肥大や、すべてのMRIシーケンスで低信号を示す局所的で均整のとれた結節の検出は、PVNSを強く連想させます。
T2強調画像の低信号強度は、PVNS病変の内部に含まれるヘモジデリン沈着によるものです。
PVNS:T1強調およびT2強調画像では、膝蓋下滑液包に滑液の増生が見られる(矢印);特徴的にヘモシデリン沈着しているため低輝度に見えます。
滑膜骨軟骨腫症は、滑膜の特発性良性軟骨/骨の異形成です。
正確な病因は未だに不明で、滑膜腔内に緩んだ軟骨変を認めます。
レントゲンでも確認できますが、正確に評価するためには、MRIが必須です。
滑膜軟骨腫症:脂肪抑制画像では、膝蓋骨上と脛骨上の凹部に遊離体を伴う関節液が見られる(幅広の矢印)。脂肪体は浮腫んでいる。
腫瘤状病変
ガングリオン
ガングリオンは,滑膜を欠く緻密な線維性結合組織の壁の中に,高粘性の液体を含む良性の腫瘤です。
ガングリオンは単包性または多包性で、円形または小葉状であり、ガングリオンと隣接する半月板の連絡は無いことが多いです
ガングリオンは、痛みや腫れを伴うことがありますが、通常は無症状である。 症状がある場合は、排液や切除が必要となります。
ガングリオン:膝前方に痛みがあり、脂肪体に浮腫が見られる
軟骨腫
軟骨腫は、被膜または隣接する結合組織における変成の結果であり、脂肪体における骨化物質の沈着につながります。
症状が持続する場合や治療がうまくいかない場合には、関節鏡下手術による切除が必要となることが多いです。
軟骨腫:脂肪抑制では、軟骨基質と水腫は高輝度となり、石灰化や骨化部分は低輝度で脂肪体内の不均一な腫瘤として確認できる。
最後に
Hoffa症候群は膝蓋下脂肪体に起こる様々な病態の総称ですが、診断は簡単です。
診断後の治療は原因によって異なりますが、大抵は保存治療で経過を見ることが可能です。
突然の怪我や繰り返し起こる小さな怪我の積み重ねは膝蓋下脂肪体の怪我に繋がります。
その結果、脂肪体内で炎症や出血がおこり、線維性変化を引き起こします。
MRIで偶然みつかる脂肪体の浮腫性変化は症状がないことがほとんどですが、症状とMRI所見が一致した場合には適切な治療が必要になります。
しかし、最初から手術的治療を行うことは推奨押されていないため、保存療法が主流です。