人間の膝は、身体の中で最も複雑なシステムの一つです。膝は大腿骨、脛骨、膝蓋骨、腓骨によって構成され、これらの構造は荷重伝達および荷重分散を担っています。さらに、靭帯や半月板はこれらの機能と連動しており、膝の動きには欠かせない構造物です。
膝の構造は複雑なゆえに痛みの訴えも様々です。
この膝の痛みに関しては1998年に報告された「Conscious Neurosensory Mapping of the Internal Structures of the Human Knee Without Intraarticular Anesthesia」が有名です。
この論文では人間の膝の関節内構造物の意識的な神経感覚的知覚を麻酔なしで関節鏡的に触診し、主観的な経験を記録するという恐ろしい手法を取っています。しかし、その信頼性は非常に高いと思われます。
2020.11.26_AJSM-1998-Conscious-neurosensory-mapping-of-the-internal-structures-of-the-human-knee-without-intraarticular-anesthesia誰が被験者となったか?
この論文を書いた筆頭著者Scott F. Dye先生です(カルフォルニア大学、当時46歳)です。
現在もサンフランシスコ在住で、クリニックを開業されているようです。
https://www.sfkneeclinic.com/ (彼のクリニックのホームページから画像を使用させていただきました)
この論文の何がすごいかというと自分の両膝を実験台にしているところです。検査を行ったのは2人目の著者(GLV)です。やられる方は勿論ですが、やる方も嫌ですね。
さらに、彼はこの実験以前にも自分の膝に15Gの針を膝に刺して骨膜内圧を測定する実験をしているようです。
痛みスコア
この論文では主観的な痛みの評価を4段階に分け、痛みの局在が判断できるかどうかについても評価しています。
0は感覚なし、1は痛みを伴わない感覚、2は軽度の不快感、3は中等度の不快感、および4は重度の痛みとして分類しました。
正確な空間的局在性を示す部位はA、局在性の低い感覚を示部位はすBとして記録されました。
0:感覚なし
1:痛みを伴わない感覚
2:軽度の不快感
3:中等度の不快感
4:重度の痛み
A:正確な場所を言える
B:正確な場所は言えない
結果
膝の関節内構造物を触診したときの意識的神経感覚知覚は、両膝ともに同じでした。関節内構造物の意識的神経感覚の程度は、感覚が全くないものから激しい痛みを伴うものまで様々であったようです。
無麻酔状態で右膝に前方滑膜と脂肪パッド領域を貫通させると、激痛が発生し、被験者は不随意の言葉による絶叫を引き起こし、一旦試験を中止することになったとのことです。
さすがに左膝で同じ実験はやらなかったようですが、局所麻酔を使用すると関節鏡カメラを挿入することが出来たようです。
前十字靭帯と半月板の痛み
ACLとPCLの触診は500gの力で行いました。中間領域(実質部分)で1B~2Bのスコアが得られ、脛骨付着部と大腿骨付着部でそれぞれ3B、4Bでした。
ACLが切れるのは大腿骨側付着部の人が多いです。切れたときの痛みがそれほどでもない人は、もしかしたら中間領域(実質部)で切れているかもしれません。
半月板はすべて、300~500gの力で触診しています。
Inner領域は1b、中央(white-red zone)が2b、red zoneは3bとなり中央から外縁に行くほど痛みが増しました。
前角と後角は3bで類似した痛みでした。
関節注射する場所
suprapatellar pouch、カプセル、内側と外側のガターの触診では、比較的低レベルの力(<100g)で3Aから4A(中等度から重度の局所的な痛み)のスコアが得られました。ちょうど、関節注射するあたりです。痛みの局在もはっきりしていますね。
痛いですもんね。。。
まとめ
この研究は、ヒトの膝の関節内構造のほとんどが、意識的な知覚をもたらす感覚機構を持っていることを確認しています。
さらに、麻酔なしでヒトの膝の関節内を観察することで、関節内構造の神経感覚出力を意識的に知覚するという直接的な証拠を提供しています。
前方の滑膜組織、脂肪パッドは機械的刺激に対して非常に敏感であり、関節の中のACLや半月板は正確な空間的な局在化は得られませんでした。
患者さんが訴える膝前方の痛みの局在ははっきりしているため、正確に示すことが出来ますが、関節の中の靭帯や半月板の痛みの局在はあやふやなことが多いと言えます。