前回、膝の痛みを考えやすくするために症状で分けるというお話をしました。本章ではそのことを具体的に見ていきたいと思います。
変形性膝関節症は主に機械的な疾患と考えられていて、膝のサポーターや足底板(靴敷き)、運動療法など多くの治療は潜在的な生体力学的な要因を修飾して痛みの発症を予防したり、進行を阻止すること目的としています。
変形性膝関節症の患者さんが健康な人 (膝が全く痛くない人) と比べてどのような生体力学的要因を持っているかを具体的に見ていきます。わかりやすく、 変形性膝関節症の患者さんは健康な人(膝が全く痛くない人)と比べて、何が劣っているかを考えます。
・膝伸筋/屈筋力が低下
・固有感覚受容器の欠損
・内側弛緩度が高い
・外側弛緩度が低い
・内反スラストが高い
・膝の内転モーメントが高い
この6項目は2018年に発表されたsystematic review(論文をくまなく調査し、質の高いデータを分析し調査する方法)で挙げられていたものです。日々、多くの論文が掲載されていますが、変形性膝関節症に起こる体の異常について、はっきりとわかっていることはこの6つだけなのです。
この中で注目したいのは”膝伸筋/屈筋力が低下“, “固有感覚受容器の欠損“, “膝の内転モーメントが高い“の3つです。
その理由はこれから説明します。まずは、変形性膝関節症の分類を症状別に見ていきましょう。
変形性膝関節症の分類と症状
病院を受診する患者さんで多いのは中期から進行期の患者さんです。この時期になると将来の不安などの心理的要因が重なってきます。当然、レントゲンを撮れば軟骨がすり減った状態です。医者はレントゲンと症状を診て治療を選択するのですが、公益社団法人日本整形外科学会よりガイドラインが出ており、ある程度診断や治療が確立されています。薬や注射、足底板やサポーターでも効果がないようであれば最終的に手術(人工関節手術や骨を切り膝の形を変える手術)ということになります。私自身も人工関節手術を行いますが、人工関節の手術後は、膝の曲げ伸ばしをスムーズに行えるようにするリハビリも大変です。患者さんの年齢や状態にもよりますが、術後はスポーツや重労働は避けなければならず、正座をすることがほとんどの場合困難です。体に負担が大きい手術であるため、実施には十分な検討が必要となります。
そのため初期の段階で早期発見・早期治療することが患者さんにとって最高のメリットをもたらすと感じています。
初期の段階で症状を発見するのに一番いい方法は階段の上り下り(特に下り)で痛みが出るかどうかです。その根拠は下の論文です。膝に一番負担がかかるのは(F)の階段を降りるときです。つまり、痛みが最も出やすい日常生活動作は階段を降りるときということになります。
痛みが出ればその原因を探ります。
冒頭にも書いたように答えは3つの項目です。
この3項目は初期から中期、進行期に従い、徐々に悪化します。そのため、膝がそれほど痛くない初期の状態のうちに3項目に対してしっかりとアプローチできれば少なくとも症状の進行を遅らせることができます。つまり、膝周りの筋肉を鍛えて、固有感覚受容器を呼び起こし、膝の内転モーメントを低くする必要がります。
固有感覚受容器(proprioception)とは四肢の位置や動き、関節の曲り具合、筋肉の力の入れ具合などを感知するものです。筋・腱・関節など自分の身体内部の状態を知るための感覚なので、「自己受容感覚」とも訳されています。例えば、躓いてこけそうになった時に、こけないように足を出すことができるといったようなものです。
膝内転モーメントとは体を左右どちらかに傾けたときに傾けた反対側の膝がO脚になる力のことで、この膝内転モーメントの制御は股関節外転筋力に大きく依存している。
ゴルフ好きなら誰でも知っているあの人のスイングを見てみましょう。体が傾いても反対側の膝は全く内転しない(普通は曲がります)。マキロイの外転筋力がいかに強力かわかるはずです。つまり、膝内転モーメントを減少させるためには太もも(股関節)外転筋力をつけることが重要なのです。
人が90度の方向転換をする際、2つのターン戦略のどちらかを選択します。スピンターン(左)とステップターン(右)のどちらかです。一般的にはスピンターン(左)が用いられるが、バランス能力が低下している人や高齢者はステップターンを用いやすいのです。これは股関節外転筋力にも影響します。自分で直角のカーブを曲がる際にスピンターンでバランスを崩さないかやってみてください。
3つの項目(膝周りの筋力、 固有感覚受容器、膝内転モーメント) はそれぞれが独立しているわけではなく、共同して機能する必要があります。膝の筋肉トレーニングはたくさんありますが、筋肉を個別に鍛える訓練は中々長続きしないものです。長続きできそうなものを選択して継続させることが必要です。
私が個人的に推奨している筋肉トレーニングは”四股”です。お相撲さんが毎回土俵で行っている四股です。
四股は究極の股関節柔軟化ストレッチであり、股関節周囲のインナーマッスルを鍛え、身体の軸を作ります。さらに膝周囲の筋肉および腹筋など様々な筋肉をバランスよく同時に鍛えることができる、まさに理想的な筋肉トレーニングなんです。
お相撲さんがやるような四股は踏めないと思うので、少し柔らかめのトレーニング方法を見つけました。紹介させていただきます。
STEP1:膝に手を当てて中腰になる
STEP2:左足に体重をかけ、息を吸いながら右足を持ち上げる
POINT:高さは無理ない程度に持ち上げましょう。
STEP3:持ち上げた高さで動きを1秒止め、息を吐きながらゆっくりと右足を地面に下ろす
POINT:どしんと音をさせず、ゆっくりとおろします。
STEP4:反対側でも同様におこない、左右交互に10回ずつ繰り返す
四股踏みに慣れてきたら、持ち上げた脚を上で止めてから下ろしてくる動作を完全にコントロールして、できるだけゆっくりと下ろすようにおこないます。 https://www.b-lab.jp/206642/
50歳を過ぎて膝の痛みを感じたら(特に階段昇降で)、まずは病院を受診してみましょう。レントゲンやMRIで特に問題ないと言われれば是非、四股を踏んでみてください。継続することで必ず効果が出ます。
変形性膝関節症は初期対応が重要:早めの医療機関受診を
Keyword:膝周りの筋力、固有感覚受容器、膝内転モーメント
理想的な筋肉トレーニング:四股ふみ